糖尿病と脳梗塞・心筋梗塞

脳梗塞や心筋梗塞は突然起こり、命を奪うこともある恐ろしい病気です。
たとえ命は助かっても、しばしば麻痺などのために、不自由な生活を強いられてしまいます。
アメリカでは糖尿病患者さんの7割近くが、これらの病気で亡くなります。
従来は欧米人に比べて低かった日本人の脳梗塞・心筋梗塞発病率も、近年、生活環境の変化とともに増加しています。 そして糖尿病の人は、糖尿病でない人の2~3倍これらの病気になりやすく、実際、脳梗塞になった人の約半数、心筋梗塞になった人の約3分の1に糖尿病がみられます。

なぜ糖尿病の人がこれらの病気になりやすいかと言うと、脳梗塞も心筋梗塞も動脈硬化のために血液が流れなくなって起こる病気であり、糖尿病はその動脈硬化の進行を早めてしまうからです。 動脈硬化が進むと血液が流れるスペースが狭くなり、血栓ができやすくなります。血栓によって血流がせき止められると、その先の細胞は酸素や栄養が届かないので、間もなく死んでしまいます。これが「梗塞」です。 脳や心臓の細胞は再生しません。梗塞のために死んでしまった細胞が司っていた働きは復活せず、後遺症が残ってしまいます。

糖尿病になると、なぜ動脈硬化が起きやすいのでしょう。
動脈の断面を見ると、内膜、中膜、外膜の三つの層になっています。動脈硬化が進む大きな原因は、この内膜の部分にコレステロールが大量に取り込まれることです。 コレステロールは油ですから水に溶けません。そのため血液中では、水に溶ける蛋白質がコレステロールを包んで「リポ蛋白」となっています。血糖値が高いときは、このリポ蛋白が酸化されたり、 ブドウ糖が結合したりして変化します。その変化したリポ蛋白は、血管の内膜に蓄積されプラーク(粥腫〈じゅくしゅ〉)という塊を形成します。このために、糖尿病があるとコレステロールがそれほど高くなくても動脈硬化が進行するのです。

動脈硬化が起きても、血管断面積の90パーセントが塞がれるまで、ほとんど自覚症状がありません。
しかも血管内にできるプラークは、ある程度まで大きくなると、その後は徐々に大きくなるのではなくて、突然破裂し一挙に血栓を作り、血管内部を塞ぐことがあります。 元気な人があるとき突然、脳梗塞・心筋梗塞の発作に見舞われてしまうことがあるのは、このためです。

脳梗塞・心筋梗塞の発作時には次のような症状が現れます。
このとき大事なことは、「躊躇〈ちゅうちょ〉せずに救急車を呼ぶ」ことです。
なぜなら、発作が起きてから治療開始までの時間の長さが、命が助かるかや後遺症の程度に大きく影響するからです。

〈脳梗塞〉
左右どちらかの手や足に力が入らない・動かせない/舌がもつれる/めまい/記憶がとぎれる/意識障害 など。時間とともに症状が深刻になります。

〈心筋梗塞〉
激しい胸痛/呼吸がしにくい/顔面蒼白/冷や汗/手足が冷たくなる/ニトログリセリンが効かない など。狭心症よりはるかに強い痛みが起こります。しかし糖尿病合併症の一つである神経障害があると、それほど強い痛みを感じないこともあります。手遅れにならないように、注意が必要です。

脳梗塞や心筋梗塞の発作が起こる前に、脳や心臓の血流が悪化していることを示す症状“発作のサイン”が現れることがあります。
あてはまることがあれば、早めに詳しい検査を受けてください。なお、前に書いたように、プラークが突然破裂して梗塞が起きることがありますから、これらのサインがないからといって安心とは言い切れません。

〈一過性脳虚血〈きょけつ〉発作〉
一瞬脳の働きがとぎれる/くらくらする/はっきり見えなくなる など。脳の血流が一時的に少なくなった(虚血になった)ために現れる症状です。 舌がもつれたり、話したい言葉がすぐに出てこない、食事中に箸を落とす、といったことも、脳梗塞の兆候の可能性があります。

〈狭心症〉
胸痛/胸が締め付けられるような感じ/胃痛 など。糖尿病神経障害のため強い痛みを感じないために、病気に気付くのが遅れることもあります。 なお、狭心症の治療中で、その症状が変化した(例えば発作の回数が増えた)ときは要注意です。すぐに受診してください。

毎日の生活の中でできる発作予防

タバコをやめる
タバコを吸うと、ニコチンによりアドレナリンというホルモンの分泌が促進され、心拍数が増えたり動脈の収縮が起こり、血圧が上昇するほか、血管壁の細胞を傷つけます。 また、喫煙により発生する一酸化炭素は赤血球と結びつきやすく、血液が酸素を運搬する能力を減らします。健康な人であれば、血流を増やして必要な酸素を供給することができますが、動脈硬化が進んで動脈が狭くなっている人は十分に対応することができません。このような、喫煙による血圧上昇、動脈硬化促進、それに酸素運搬能力の減少が、脳梗塞・心筋梗塞の頻度を高めます。タバコは直ちにやめることです。

お酒は飲まないか、少量にとどめる
アルコールは少量なら動脈硬化の予防に働く可能性も示されています。しかしその量は1日にビール中瓶1本程度で、これを超えると逆に危険性のほうが大きくなります。

ストレスを溜め込まない
過度のストレスや緊張状態も血圧を上昇させ、脳梗塞・心筋梗塞を引き起こす原因となります。
ストレスの上手な解消法を身につけ、リラックスする時間をもつようにしましょう。
また、競争心が強くて何でも一人でやり遂げようとする人は、心筋梗塞などになりやすいと言われています。たまに自分を客観的に見つめ直してみましょう。

定期的に検査を受ける
動脈硬化の進行状態を超音波で計測する方法や、脳や心臓の断面をみることができる MRI、CT など、現在はさまざまなな検査法があり、脳梗塞や心筋梗塞の危険性を予め知ることができます。 症状がなくても60歳を過ぎた頃から、年1回は検査を受けましょう。脳梗塞や心筋梗塞は遺伝的な影響がある病気なので、身内にこれらの病気の人がいれば、とくに検査を忘れないようにしてください。

お風呂やトイレの注意
気温が急に変化すると、交感神経が緊張し血管が収縮して血圧が急に上がったりして、発作を誘発することがあります。 お風呂に入る前に、浴室や着替えのスペースを他の部屋と同じ温度にしておきましょう。 また、湯加減はぬるめにして、あまり長湯しないようにしましょう。トイレで力むのもよくないので、便秘しがちな人は医師に相談して整腸薬などを処方してもらってください。

食事では、コレステロールの多い食品を控えましょう。
肉料理は減らし、その分、コレステロールを下げる働きのある食物繊維が豊富な野菜・きのこ・海藻類や青魚を増やしましょう。 料理に使う油は植物性のもの(オリーブ油など)にしましょう。また、血圧コントロールのために塩分を減らしましょう。

適度な運動で内臓脂肪解消、血行改善
運動には動脈硬化の原因となるコレステロールや血圧、血糖値などを同時に下げる働きがありますし、血行を改善して梗塞を防いでくれます。メタボリックシンドロームのおおもとである過剰に溜まった内臓脂肪の解消には最も有効です。 しかし今までなにもしていなかった人が急に無理な運動を始めると、逆に脳梗塞や心筋梗塞を起こす危険もありますから要注意です。主治医に相談し検査を受け、運動の種類や量、強さなどを決めてもらいましょう。 運動の種類としては、早歩きやジョギングなどの全身を動かすような運動が良いでしょう。

処方された薬は勝手に中止しない
検査などで動脈硬化が進行しているとわかったとき、発作の予防のために薬が処方されることがあります。
この薬は血糖値や血圧などと異なり、効果を数値で確認しにくいので必要性を実感しにくいものですが、自己判断で服用を中止しないようにしてください。